宝塚今昔物語vol.8 Konjaku Monogatarishuu

~女性の活躍の芽を創った旧音楽学校~

音楽学校01「尤も力強き女性文化の殿堂」

昭和6年、宝塚の地に婦女子のための会員制カルチャースクール「女子青年会」が阪急電鉄の企画によって誕生しました。当時、郊外型住宅地として人口が増加しつつあった宝塚で、料理学校、化粧心得の会、ドライクリーニング講習会などを開催、趣味や実用的な知識だけでなく、交流もできるとあり人気だったよう。神戸や大阪から訪れる人もあり、会員は170名ほどにも達したそうです。

 宝塚公会堂として利用されていた頃の旧音楽学校校舎 


「社会で活躍する女性の“はしり”」
音楽学校01

この会の運営委員の多くは、阪急電鉄幹部の婦人という立場柄、会社のためにという意識も強かった様子。しかし、次第に女性ならではの視点を生かした講座作りがなされ、内容も充実していきました。また、会の設立以前から文化活動に熱心だった委員が子育てを終え、能力を発揮したことも会の発展につながったのでしょう。会の存在は、現代社会における女性の活躍の“芽”を感じさせます。
                                               



「21世紀の宝塚にふさわしい“社交場”」


この会は、旧音楽学校を本拠地として利用していたこともあり、当時の多くの人が集う場所だったその建物は、現在奇しくも宝塚文化発信基地としての活用が検討されています。しかし、“女子青年会”がそうであったように、その“場”を活かすのは利用する人。未来の宝塚に思いを馳せながら、私たちにできることは何かを一人ひとりが考えていくべきなのでしょう。


「タカラヅカの文化発信基地として再デビュー」

旧校舎は、昭和10年建築の鉄筋コンクリート造りの3階建て。平成10年まで音楽学校として使われ、越路吹雪、大地真央、黒木瞳、天海祐季などのスターを含め、約2,400名のタカラジェンヌを輩出した養成機関。
平成15年に宝塚ファミリーランドが閉園し、阪急電鉄では周辺の開発計画に旧音楽学校は取り壊し、住宅ゾーンになる予定でしたが、「建物の文化財的な面に、多くの人の思いが重なり、地域のシンボルとして価値がある」と事跡的価値を唱え、住民らの強い要望から、平成17年に宝塚市が買い取りました。利活用検討委員会を発足させ、1階講堂スペースを交流スペースやカフェに再生し、旧教室では市民を対象に日舞やお琴、バレエ教室が開催。往年のスターの記念品などを展示する予定だそう。